聞いてくれ!
カニかまぼこはパイナップルに触れるとドロッドロになるんだ。
腐ってとろけた長ネギみたいになるぞ!
弁当に入れる時は離して入れるんだ! 覚えておこう!
休日に動物公園に行ってなかなか楽しかったのだが、パイナップルの奴には一杯食わされた。
この公園、
☆駅からばんばん出ている市バスで15〜20分
☆無休・無料
☆森林公園になっていてかなり涼しい
☆ベンチ多い
という立地なので、大人の皆さんのひとり休日にもおすすめです。
男性ひとりでも怪しまれないと思われます。(大人ひとりで入りづらい公園ってあるよね)
子供(小学校低学年くらいまで)連れには無論、猛烈におすすめだ。
丘の上には遊具があります。
近隣にお住まいの方は行ってみては。
ただし虫除けは持っていったほうがいい。
短歌関係の記事は月イチアップを目指して作業中であります。
拍手を下さる方、ありがとうございます。
「拍手の中を走る徒競走ビリの肥満児」の心意気で完走します。
ああ、雑文はあっという間に書きおわる。
・「メルヘン桜はこれからが見頃」にちょっと追記。
・四月に短歌結社「未来」に入会しました。二ヶ月たちましたが
まだまだ「大縄跳びに入るタイミングがつかめない子供」状態であります。
たくさんの短歌とその鑑賞文や詩歌に関するコラムが読めてたいへんありがたい。
が……がんばりたいです。イベントにはなかなか出られないかと思いますが。
ここで「自分の採られた歌・採られなかった歌レポート」をするかと思います。
わたしのひとり反省会をのぞきにきてください。
・短歌雑誌「新彗星」創刊……って、本屋さんにある雑誌みたいだ。
よろしく。これから私も注文するところ。
ご無沙汰にてちゃっちゃと参ります。
笹師範のキャンプレポート、本日のトピックスは
『講義〜直喩のチカラ・暗喩のチカラ〜……のさわりだけ』
『バーチャル歌会2』 の二本です。
『講義〜直喩のチカラ・暗喩のチカラ〜……のさわりだけ』
今回の配布物は以下の通り。
☆プリント「直喩のチカラ」「暗喩のチカラ」(それぞれの技法を用いたプチ秀歌集)
☆『念力短歌トレーニング』より
「テレビ・テレビ番組(アニメを除く)」(本編ではカットされた幻の原稿!)
「格闘技」
「歌の奥行き・現代短歌における縁語について」
☆その他若干の補足プリント
今回の講義は直喩・暗喩を用いた秀歌の鑑賞と歌会の二つでした。
鑑賞では、
「どこが直喩/暗喩なのか」
「何を何にたとえているのか」
「そして歌全体の内容は」
について、受講生に質問→意見交換→師範による読みという形で
丹念に一首を読んでいきます。
ときおり、作者についての簡単な紹介などもあります。
「師範の歌集以外に、これから誰の歌集を読もうかな?」
というような人には、とくに参考になるお話ではないでしょうか。
……とまあ、ごくごく真面目に書いてみましたが
について、歌よりむしろ林真理子のヌードについて詳細なお話あり。(直喩の名歌として)
林真理子のヌードのように容赦なく秋の没陽(いりひ)がわれを責めるよ
(藤原龍一郎)
〜よくわかるマリコ先生のヌードとレミ先生の生態〜
講師:笹 公人先生
林真理子のヌードは実在します。(どよめく教室)
80年代に雑誌の編集者にそそのかされたのか……
脱いでいるんです。
今でも「林真理子 ヌード」というキーワードで検索すると
画像を見ることができますが、本人にとっては消し去りたい
過去でしょう。
このことを平野レミさん(シャンソン歌手・料理研究家)に
お話したら、なぜかものすごいくいついてきて。
「何ソレ! 見たい! ねぇ、画像送ってよ!」
と言われたのです。が、まあ本気の言葉ではないだろうと思って
「ええ、そのうち」
というようなことを言って終わりになって。
そうしたら次にお会いしたとき
「ねぇ! ハヤシマリコのヌードどうなったの!
ねぇ!」
ってものすごい勢いで言われまして。
どうやら本当に見たいらしい。
そんなに……と驚きました。
ですが、アレを自分のパソコンにとりこんでメールで送ったり
するのもひどく脱力するというか、ねぇ……。(失笑のもれる教室)
そんなわけで、まだお送りしていないんです……。
林真理子のヌードのように容赦ない詳細なお話ありがとう
ございました、師範。お腹いっぱいです。
にしてもレミパン(敬称略)ったらゴシップ食いしん坊!
『ルンルンを買っておウチでカツ丼
〜マリコのヌード風ホットソース添え〜』
※平野レミさんのレシピはおよそダジャレ
とかは勘弁してください。いつもおいしいレシピをありがとう。
藤原龍一郎さんのこのマリコヌード歌は、短歌をはじめた頃に
読んで印象に残ってました。(三年前くらい)
当時は「あったら怖い」系の妄想短歌として面白がっていました。
しかし、この歌がおさめられていた『夢見る頃を過ぎても』
(1989年刊)は時代を象徴する固有名詞を、風化を覚悟でどし
どし詠み込んだ名高い歌集です。
林真理子のヌードが架空のものだったら、歌の柱に時代の空気を
がっつんがっつん打ち込む歌集の精神を欠いてしまいますね。
当時はそんなことも考えなていなかったんだなぁとふと
思いました。
これからは歌が成立した背景や方法論・歌人の歴史に触れ
ていけるようになるもんねと思いました。
だんだん、そのうち、いつか。
「詠む」ときはマリコヌードの破壊力を!
「読む」ときはハカセくんと呼ばれる生徒の注意力を☆
さあ、えらい行数使ってマリコ先生を追ってしまいましたが、
講座のレポートに戻ります。
暗喩の歌の読みにいきますよ。
(「直喩の歌の読みのことをもっと聞かせろ」というキミは
またいつか来る講座にGO)
さまざまな歌が(怒涛の勢いで)紹介されたのですが、ここでは
師範の作品から2首取り上げます。
ラブレター読まずに破くレイコかな 冬のプールに浮く金魚たち
ポスターの聖子と約束交わしたる四十歳(よんじゅう)童貞は珊瑚礁
(笹 公人)
一首目の読みレポート。
「冬のプールに浮く金魚たち」は「失恋して絶望する男子生徒」
の暗喩として読めます。
これを
とすると、因果関係を説明しただけになり、ありがち。ラブレター読まずに破くレイコかな 放課後の僕はとても悲しい
因果物語を説明したいのなら散文のほうがよい。
「冬のプールに浮く金魚たち」と
「放課後の僕はとても悲しい」を
並べて比べてみると、失恋の実際の様子を描写しているのは
「放課後の〜」なのに、失恋の衝撃そのもの伝えているのは
「冬のプールに〜」の方。
短歌と散文の得意分野の違いがよくあらわれている例ですね。
ちなみにこの歌のくわしい読みは、『念トレ』のまぼろしの
原稿になってしまった『テレビ・テレビ番組(アニメを除く)』
の回におさめられていました。
読みたい人は念トレ2の発刊を金星に祈ってください。
さて、2首目。珊瑚礁の歌。師範お願いします。
この珊瑚礁は、つまり……へへっ。もうソノモノですね。
師範、劇画調にへへって笑いましたね。
……そういうわけで珊瑚礁は聖子ちゃんに操を立てて、
ソノ用途に使われないソノモノの暗喩といえましょう。
スポーツ紙の風俗記事みたいな書き方でごめんなさい。
小生の愚息も大マン足
あ、『珊瑚礁』は松田聖子さんの大ヒット曲『青い珊瑚礁』にも勿論かかっているのでしょう。
「青い」っていうのが、また童貞というイメージに重なりますね。
師範と聖子ちゃんがピンポンラリーをして一首のイメージを増幅しているようです。
結句が字足らずですが、これは欠落感の表現としてあえて中途半端なところで
終わらせるという技法でしょう。
本懐が遂げられない、聖子ちゃんと結ばれることは決してないという不全感の表れかと存じます。
関係ないのですが、短歌を始めてしばらくすると
→何も考えず字足らずの歌を投稿
→「字足らずは字余りより大きくリズムを崩す」と添削
→あー、やっちゃいかんのかーと思う
→あれれ? 有名な歌人に字足らずの歌があるぞ
→でも、私のむかし作ったハンパ歌とは違う、得体の
知れない迫力があるなぁ
→これって欠落感やなにかが破綻した感じの表現の
ためにあえて足らなくしているの?
という「字足らずの旅」をすることになっているような気がします……。
そんなこんなで(強引)歌の読みをみっちり90分くらいやりました。
講義の後半には受講者も読みの意見を出すことに慣れてきて、活発な意見が
交わされるようになりました。
合間に念トレにおさめられている
「歌の奥行き・現代短歌における縁語について」
の中の『念力短歌縁語ドリル』(穴ウメ形式で短歌がみるみる上手くなるYO☆)
をみんなでやる一幕もありました。
この縁語ドリルは『念トレ』の呼び物のひとつ。
小学生雑誌の十大付録的に豪華な「番外編」です。
ひとつの言葉が、もとの意味と離れたイメージにかすかな橋をかける縁語のメカニズムを、
現代のさまざまな短歌の実例をもって解説しています。
(奥さんご存知? 初心者向けの短歌の本で、縁語にくわしく触れているものは貴重でしてよ)
「別にタンカ作りたいわけじゃないんだけど」という人も
連想クイズとして楽しめるドリル。
百点をとってママに自慢しちゃおう☆
まめちしき
☆林真理子が脱いだのは昭和58or59年に小学館の『写楽』という雑誌にて。
☆マリコヌードは↓にある(先頭にhを補って)
ttp://eroxmania.blog68.fc2.com/blog-category-1.html
エロサイトなので抵抗のある方は見ないでね。
ページの真ん中くらいに名簿がだーっとあるので、そこからマリコ先生の
名前を探す→クリック→同ページ中ほどにサムネイル表示
☆ちなみにセミヌードでした。残念?
☆個人的には横たわって薄目の写真がいちばんスパイシーでした
☆今回この話ばっかり
バーチャル歌会・2
はい、この項は先日の記事「ようこそここへバーチャル歌会♪」の続きです。
今回は、
1 どーして自作に点を入れちゃいけないの?
2 なぜ必ず三首採らないといけないの? 『該当作品ナシ』じゃダメなの?
3 どーして記名で投票しないといけないの??
という歌会のルールに関する疑問について、わたしが考えたことを書きます。
講座のレポートという本題とちょっと外れてしまうけど、初心者のノートをチラッと
のぞくつもりでお読みください。
えー、さて。問題1と2の根っこはだいたい同じかと思います。
まずは、前回の記事に掲載されている受講者の提出歌をご覧ください。
……正直、教材に並べられた名歌と比べればツッコミどころだらけの歌が多いわけです。(もちろんわたしの作もそうです……)
しかーし!
あまり上手ではない・傷のある歌の中から
「それでもまあ、しいていえばコレかな」
と思う歌を採る。ここに大事なポイントが隠れているのではないでしょうか。
あなたにとっての「しいていえばコレかな」の根拠は何でしたか。
内容に共感できる?
視点が斬新?
歌の形がよく整っている?
初心者が「好きな歌をひとつ選びなさい」と言われると、多くは
「共感できる歌」を採るでしょう。文字通り「好き」な歌です。
しかし、上達を目指すとき「好き・嫌い」という視点しかないのは問題です。
まず「上達」を目指すのだから、「上手いかヘタか」という視点がありますよね。
好きだけどヘタ、嫌いだけどウマいというような見方も持てるようにならなければ、いつまでたっても自作の良し悪しを見極める目が育ちません。
ここに「視点が斬新かどうか」という点も加えると、
「上手いけどよくある感じー。でも好きかも〜」
「言葉選びはヘタだけど人と違う切り口! でもこのテイストは苦手〜」
……等々の見解が生まれてきます。(ここにあげた以外にも、歌の評価を決めるための軸は
たーくさんあるでしょう)
要するに
「好きな歌がなくてもとにかく三首採らなくてはいけない」 ということは、「好き・嫌い目線」からいったん離れて歌を見る訓練☆
他人の歌を採ることは短歌上達の筋トレだYO!
なのでしょう。
自作に点を入れるのは、「ジブン的に好きな歌」になりがちですから筋トレ効率が下がってしまうわけです。だから点を入れないルールになっているのですね。
……なんか低レベルの話題に字数をいっぱい使っているような気もしますが、これがいまの
わたしの自由研究の限界でございます。
あんまり深く考えられないにしても
「なんかいいカンジの歌を一首採ったからー、三首目はヘンっぽいけど
気になった奴とか、いかにもタンカっぽそうな奴を採ってみようかな?」
と、ちょっとだけ自覚してやっていくことにします。
さて話題は変わって。
記名で投票するのはなぜかと言うと。
誰がどの歌に点を入れたかわかれば、ある人がどういう視点で歌を採るタイプか
だんだんわかってきます。
前の例でいえば『斬新さ重視派』とか『共感重視派』とか、浅ーい分類ですけど
そういうことができるわけです。今回の受講者は私含めおおむね初心者なので、
共感タイプが多かったような感じを受けました。
(どの歌に何人が点を入れているかは、次回以降の更新で紹介します)
すると、同じ得点歌でも……
A 共感タイプの人ばっかり点を入れている→内容はキュート、技巧は甘い歌
B さまざまなタイプの人が点を入れている→Aより技巧的な歌
というような推理が可能になってきます。そんな推理がちゃんとできれば、
歌の良し悪しも識別できるようになるわけだッ。
……まあ、こんなふうになれたらいいナって話ですが。
目的意識をもって歌を見ていきたいでーす、という目標だけ掲げてみた次第です。
後ですね、こちらは実際的な話。
自分が点を入れた歌の読みは自分がやらされますよ。ですから、歌を採り終わってもボーッとせず、制限時間いっぱいは読みについて考えておきましょう。
ではでは、今回はこの辺で。
頭にネクタイ巻いた上司の野外カラオケに声援を送らされましたか。
手拍子の強制にゲンナリしましたか。
そんなアナタ、桜をテーマにした詩・短歌・イラストレーション展示会が
ございましてよ?
今度は静かな桜見物といきましょうよ、ギャラリーで。
えー、短歌キャンプの受講者で、『笹短歌ドットコム』の常連投稿者でもある
酒井景二郎さんの参加する作品展の案内をいただきました。
よって勝手にここでも宣伝します。
さいとうじゅん作品展 ―桃桜花とりどりに咲き出でて―
会場 コーヒー&ギャラリー ゑいじう
開催期間 4月14日(月)〜19日(土)11:00〜19:00
(最終日は17:00まで)
内容 桜をテーマに詩・短歌・イラストレーションを展示
参加詩人・歌人
秋月朴斗 あきのそら 浅田志津子 石井淳子
大江ありす 大竹晃子 尾引光子 君子
桐山健一 小沼弘子 酒井景二郎 駿河富子
高滝美和子 棚田悦子 なかにしみつよ
橋本圭一 平岡淳子 藤野光樹 三木裕
水砂 山田弓子 夢さん 渡辺陽子
酒井さんは短歌を詠む前に雑誌・『詩とメルヘン』に散文詩を
投稿されていたそうです。今回はそのつながりでの参加なのかな。
(いろいろ伺ったのにこのへん記憶があやふやでまことに申し訳ないです)
『詩とメルヘン』という本、名前くらいは聞いたことがあるけど
あとは知んないっていう人、手ぇあげてー。
はい、手をあげた人ー。
あなたはおそらく、ギャグマンガの中なんかで物笑いのタネとして
『詩とメルヘン』を見かけましたね?
ケンカ番長のカバンの中から『詩とメルヘン』が出てきて、子分どもが
「オ、オヤビンのコレは見なかったことにしようぜ」
みたいなー?
そういう方、ひとくさりお話させてくださーい。
『詩とメルヘン』は多くの詩人・イラストレイター
( 挿絵画家、という言葉のほうがピッタリくる )を輩出した
投稿雑誌でした。
抒情詩人と童画系イラストレイターの登竜門。
メルヘンのつわものたちが切磋琢磨する梁山泊だったのです。
編集人(編集長という呼び方はしなかった)は、やなせたかし氏。
『アンパンマン』の作者・『てのひらをたいように』の作詞者として
超おなじみの、あの方です。
『やなせたかし』でググると検索候補に「やなせたかし 闇属性」なんて
言葉がでてきます。
「『アンパンマン』の主題歌の歌詞って児童向けとは思えないほど重い」
とか
「アンパンマンは愛と勇気しか友達がいない……あわれな奴」
なんて手垢のついたツッコミがありますけれども、どれも氏の抒情に触れた
世間のすなおな驚きのあらわれでしょう。
(詩=地味め少女の落書きみたいに思っている人はいつでも多いですよねぇ)
そんなやなせ氏のライフワークとして『詩とメルヘン』がありました。
同誌は2003年に惜しまれつつ休刊したわけですが、それでも30年間
出版されつづけたのは驚くべきこと。出版元はサンリオでした。
(サンリオは70〜80年代にマニアックな出版をいろいろやっておりました。
SFを扱ったサンリオ文庫はマイナーな作品ばかり扱って、絶版後の作品が
マニアの間で高値で取り引きされているなんて事もございまして、
キティちゃんにもなかなか業が深い一面があるのですね)
サンリオの『詩とメルヘン』は休刊しましたが、やなせ氏編集による『詩とファンタジー』が
現在、二号まで発行されています。メルヘン大将軍の行軍はまだ終わりません。
……さて、『詩とメルヘン』話はこのへんにして、
今回は散文詩出身者という視点から酒井さんの短歌を読み直してみました。
勝手に自由研究です。
すると一首の「ツカミ」やキメどころで散文調の言い回しが多いことに気づかされました。
そこでようやく、
「フツーのはなしことばしか知らないから口語散文調で詠んでまーす」
というものと
「散文調を用いた短歌」
は出発点が違うんだってことに思い至りました。
(いまさら……)
実例をもってお話したいと思います。
(笹短歌ドットコム投稿歌より)
ばかでかいコンビナートに隠れ住む俺のジッポの汚れたあかり
蛆蟲を潰す快樂を知つたから天使ごつこはこれで仕舞ひだ
だからつてそこでワープはないだらう カフェに獨人の秋の淋しさ
(酒井景二郎)
「ばかでかい」
「だからつてそこでワープはないだらう」といった、
どこか放り投げたような感触は散文調の得意とする味わいで、
放り投げられたフレーズが
「俺のジッポの汚れたあかり」
「カフエに獨人の秋の淋しさ」といった、イメージの圧縮のきいた
短歌らしいフレーズにキャッチされる。
その「ポーンと投げて……キャッチ」の滞空時間が面白みの源
になっているような気がします。
一方、「蛆蟲を〜」の一首( 切り裂きジャックをテーマにした連作より )は
全体がほぼ散文調で、「天使ごつこ」はかなりキワキワな、一歩間違うと
お花畑直行・そこだけ言葉が浮いているんですけど的フレーズですが、
「蛆蟲を潰す快樂を知つたから」
というほとんど身もフタもない散文の上の句によって力づくで一首にまとめられています。
このような「ゴワゴワの抒情」を表現する方法として、短歌に散文が導入されるわけです。
散文の特質を旺盛に取り込んだ現代短歌の流れに、
詩の世界から飛び込んでくる(その逆もアリ)人は少なくないようです。
そんな越境者のひとり、酒井さんの詩境・歌境が今後どのようなひろがりを見せていくかは
まだわかりませんが、その出発点を垣間見れた気がして面白かったのでした。
……とまとめたところでぼちぼちシメ。
見た目は「でかいカメラ持って古戦場跡とか撮っている人」。
しかしその正体はメルヘンの国から来た切り裂きジャーック!
そんな酒井景二郎さんも参加している「さいとうじゅん作品展」の
盛況を祈りつつ……
であえぇぇーっ!
メルヘンじゃ!
であえ、であえーーぃっ!! (槍を持って走り出す)
以上、勝手PR言いたい放題にて御免!
会場には馳せ参ずる予定にござりまする!
来るなって言われてもいざ新宿!
保護者会と調停の合間を縫って駆けつけまする!
されどその前に『笹公人の念力短歌トレーニング』
を引き取りに、近所のセブンイレブンまで行ってきまするー!
追記
一件訂正です。
この記事のコメント欄にある通りですが、酒井景二郎さんがかつて『詩とメルヘン』に投稿
なさっていたのは「散文詩」ではなくて「散文」とのことです。失礼しました。
散文といってもいろんなジャンルがありますが、『詩とメルヘン』に投稿なさっていたのだから
多分メルヘン。
「メルヘン」は「詩的空想のある掌編読み物」くらいの解釈でよいのかな?
機会があったら掲載号を見せてください。
それとは別に酒井さんの過去のメルヘンはホームページで見ることができます。
悪魔と坊主とスク水美少女の花園へようこそ。



